もう社会人とSixTONES

SixTONESのことばっかり書いてます

SixTONESの「Gum Tape」を聞いて思い出す彼らとの同棲生活

音楽のことは全く詳しくないから全部適当&ニュアンス&知ったような口をたたいてこのブログを書かせていただくよ。

 

そこまでしてでもあふれ出るこの想いを、この感動を伝えたいのよ。

そうでもしないとこの想いがいよいよ毛穴から出てきちゃう、いや今まで出てこなかったことを誇りに思う。ターンオーバーが正常に巡っていない私のわがままボディに深く感謝申し上げます。

 

SixTONESの6枚目のシングル『共鳴』のカップリング曲、『Gum Tape』が三度の飯より好きなんだ私は。あーでもご飯は食べたいかも。ごめん言いすぎたかも。

1食くらいは抜ける!それくらい好きだ!にしておくね、ご飯食べたいからね。

 

最初タイトルを見たときに、いやなんでガムテ?ホームセンターの歌か?と一瞬でも思った自分をぶちたい。どうしてこうも想像力がないんだ!

そんな私に白髭を蓄えた優しいおじいちゃんがやってきて、「この曲はじゃな、あるカップルが同棲を始めるところから別れまでを鮮やかに、そして切なく描写したチルい曲なんじゃよ。タイトルのGum Tapeは相手との思い出の1シーンに映ったものと、自分の心情をうまく掛け合わせとるんじゃ。」なんて言ってくれりゃ、こっぱずかしい想いをせずに済んだのに。

 

さて話を戻します。

 

この曲は、イントロからもう切ない、なんだか切ない。

ギターのキュインっていう音がとてもいい。

夕方の西日が差すワンルームが頭の中で簡単に創り上げられるんだよ。

その後の田中樹、1回咳込んで始まる冒頭。

エッ!咳込むとかやめれる????しんど!!

 

そしてここから始まるんですわ、私とSixTONESの思い出が。

「ほろにが同棲物語~I remenber~」が。タイトルクソだせえな。

 

まだ覚えてる マンネリデートのスパイスに空調が効いた不動産屋

なんかニヤニヤして楽しそうな君を見てると僕も気になる

間取りとか外観が今どきとか

決め手はそう コンビニ側 

未来しかなかった(田中樹)

そう、私は確かに田中の樹くんと不動産屋に行った。

外暑いね~なんて話しながら、アイスコーヒー片手にね。

「不動産屋行ってみる?」なんて言い出したのは意外にも樹くんだった。

それも含めて嬉しくて、いろんな物件を見てそこに決めたのだった。

 

まだ覚えてる
初めて鍵を開けた始まりのあの日を今でも
窓を開けた風
ダンボールだらけの部屋で
さっき買ったカップを開けて
コーヒーを飲もう
明日もその明日(あす)もまた
書き足していこう(森本慎太郎

そう、確かに私たちはせーので鍵を開けて、2人の生活をスタートさせた。

まだ全然片付いてない部屋で慎ちゃんが買ったばかりのカップにコーヒーを入れて、

1つの部屋に色んな夢を膨らませた。カップの底が見えてもまだ話してたなぁ。

懐かしい。

 

忘れないで せめて忘れないで
この愛は確かにあったんだと(ジェシー

ここにジェシーを持ってくるのは大変ずるい行為だと思う。

忘れるわけないじゃないか。忘れたいのに忘れられないんだよ。

ジェシーとの楽しい毎日、新しい発見、全部そこにあったんだよと声を大にして言いたい。

 

そしてサビが来る。耳をとぎ澄まして何度も聞いたあのサビが。

僕らを繋いでいたものは糸よりも脆いGum Tape
ダンボールに詰まった笑い声が溢れてく
「きっとこれでいいんだろう」 この時間今頃
君は… 君は… 誰かと荷物を待ってる

うぎゃー!!!!ごめーん!!!なんかごめーん!!!!

これはさ結果的にいうとさ、私が彼らを振っちゃってるんだよね。

そして彼らは私の新しい幸せを想像している。

ごめんね、私、他の人と幸せになるね。

なんてことをキラキラ涙見せながら言っちゃいたくなるのが、1番です。フゥ。

 

2番入るぞ、よそ見すんなよ、構えとけよ。

 

まだ覚えてる
あの夜の喧嘩
ぶつかる事に愛を感じていた
徐々にひび割れた2人の生活
一言 「もうやめませんか」
呆然としたよ ここは鳥かご
一体誰なの? 君は一体誰なの?(髙地優吾)

ここの優吾大先生のパートはダメ、ここに打ち勝つメンタルが私にはない。

優しく、切なく、少し呆れた歌い方をするのよ。

まぁ、そうさせたのは私なんだけど。もう無理だったんだよね、すれ違いもいいとこだったんだよ。

同棲をして、それまで見えなかった部分まで見えてしまって。

私はずっと優吾ダディに「あなたは一体誰なの?」って思ってたよ。

 

まだ覚えてる
あっけなく緞帳は下がっていった
全部情けなく感じて笑えない茶番だった
所詮ドラマのようにはいかないと
三者のように心を守った(松村北斗

私が終わりにしたいと言ってから、全てが終わるまであっという間だった。

ホクテンはまるで他人事みたいに私と会話してた。

これ以上傷つきたくなかったんだろう。こんなもんだ、こんなもんなんだよ。

ホクテンの殴るような悲しい歌い方は、自分を責めて、そして私のことも責めてるような気がした。

 

忘れないで せめて忘れないで
この愛は確かにあったんだと(京本大我

1番と歌詞は一緒なんだけど音程が違うパート、こっちはきょもが私にすがっているような歌い方。

行かないでって、言ってるように聞こえるんだよなぁ。

ごめん、行っちゃうんだよ私は。

 

ちょっと省略して、大サビ前のこの歌詞ね。

僕に残された世界は温もりだけが残る部屋
独り言だけがやけに綺麗に響いてる
「少をずつサヨナラ」 これでよかったのかな
僕は… 僕は… 今でも…

私が出て行って、彼は1人、私の残像と一緒に暮らすことになる。

私たちの間につながれていたのは赤い糸ではなかった。

水でぬらせばすぐにふやけて、刺激を与えればすぐにちぎれちゃうただのガムテープだったんだよね。

それでも、愛はあったのか?と聞かれれば確かにそこにあったと言える。

だって、私もちゃんと覚えてるんだから。

 

 

というわけで、私たちの同棲物語はジエンドです。

この曲を聴くと、どうしてもこうなっちまう。私の虚妄が火を噴いちまうんだよなぁ。

 

歌詞を読むとすぐに情景が浮かんでくるような曲はあんまり好きじゃなかったんだけど、この曲はなぜか後ろ髪を引かれちゃう。

彼女目線でアンサーソングをいっちょ書きたいくらいには大好きな曲。

きっと冷たい歌詞になっちゃうと思うけど。

 

私はこれからもこの曲を聴いて、1日2食になりながらも架空の思い出に胸を締め付けることになる。

 

youtu.be

SixTONESのことでは絶対に泣かない

私は昔から超が付くほど涙もろい。

物心ついたときにはドラマや映画で感動して泣いていたし、

小学校高学年ともなると、映画の予告で大号泣してしまうほど涙腺が脆くなっていた。

 

今でも、友達とドラマの感想を共有する際にここで泣いたという話をすると、

「え、泣くとこあった…?」と言われることが多々ある。

 

涙が出てしまうのは、それほど感情移入をしてドラマを楽しめているということでもあるし、私は悪いことだとは思っていない。

ただ、少しばかり豊かなこの感性を他人からウザがられることもしょっちゅうある。

好きで泣いてるわけじゃなくて、自然と涙が出てきてしまうことがなぜか鬱陶しいと思われてしまう。まぁ気持ちは何となくわかるんだけどさ~私だって大変なんだよ。

 

これがドラマや映画に対してだけならいい。

終わってしまえばどうってことないし。

 

でも、推しに対してもそうだから面倒くさい。

 

学生時代はジャニーズとは別の界隈のアーティストを全身全霊で応援していた。

彼らが私の青春そのものだった。

日本人は「お涙頂戴」演出が好きだから、彼らがステージに立って歌えるようになるまでの軌跡を観客に見せることもしばしばある。

そして私はそこにいつまでも縛られていた。

 

頑張ってきたんだね、努力は無駄じゃなかったね、ほんとすごいね、よかったね。

 

そういう気持ちでいっぱいになって、勝手にしんどくなって、純粋に応援することができなくなってしまう。

新しいアルバムが発売された、新しいシングルがでた。その度彼らの裏の努力を勝手に探ろうとしている自分に出会ってしまった時は正直呆れた。

一体何のためにこんなことをしているんだろう。

 

そうなってしまうから、推しを思って涙を流すことは辞めた。

 

大好きなSixTONESに対してもそうだ。

彼らはデビューまでの下積みが長いし、皆たくさんの挫折を味わって強くなって、やっと勝ち取ったCDデビュー。そういった出来事を振り返ると大号泣この上なしなんだけど、私はもう泣かない。

感情に身を委ねると、勝手に彼らを憐れんでしまうから。

泣くのは私じゃなくていい。

そこのコントロールがまだ上手くできなくて、斜に構えて彼らを見てしまうときもある。

「私はファンもいねえのに毎日馬鹿みたいに働いてんだぞ!」って言ったり。とんだお門違い大馬鹿オタクが爆誕するときもある。これは非常によくないので反省している。

 

でも彼らを思って涙を流す人たちが嫌いとか嫌だとか、そういうことは思わない、むしろ美しいなと思う。

TwitterのTLで音楽番組に出ている彼らを見て泣いたとか、雑誌のこの発言で涙が止まらんとかそういうのめちゃくちゃ見るけど、素敵じゃ~ん!ってムフムフしながらいいねを押すよ、全然押してるよ。

 

私は自分自身が不器用な泣き虫マシーンだからこそ、推しを思ってなるべく一喜一憂したくない、フラットに彼らを見ていたい。

それが長く付き合っていける方法だと思っている。

例え彼らが号泣してて、お前らも一緒に泣けよ!って言ってきたとしても(絶対そんなこと言わないけど)、私は絶対泣かない。え、なに泣いてんの~!って全力で茶化すファンでありたい。

 

私がSixTONESにしている人生最大のやせ我慢である。